組織・事業・沿革

役員紹介

令和7年4月1日現在

会長入江 康文 (千葉)
副会長金江 清 (柏)
今井 俊哉 (千葉)
寺田 俊昌 (船橋)
理事太田 豊 (千葉)医療安全・学術
小嶋 良宏 (安房)救急災害・産業保健
師尾 郁 (千葉)福祉・広報
志賀 元 (柏)産業保健・救急災害
佐藤 孝彦 (浦安)保険・学校保健
伊豫 正人 (千葉)広報・福祉
小出 明範 (千葉)学術・医療安全
大野 京子 (市川)公衆衛生・介護(地域包括ケア)
川越 正平 (松戸)介護(地域包括ケア)・公衆衛生
髙澤 努 (船橋)経理・医療
細井 尚人 (君津木更津)学校保健・保険
松本 歩美 (船橋)医療・経理
監事中野 義澄 (千葉)
麻薙 薫 (市原)
大濱 洋一 (千葉)

事 業

令和7年4月1日現在

公益社団法人 千葉県医師会は、「みんなで高めるいのちの価値~健康と福祉のかなめ~」をスローガンとし、県民の皆さまが健やかな毎日を過ごされるよう、保健・医療・福祉の充実・向上を目指し、さまざまな事業を行っております。

沿革

令和7年4月1日現在

千葉県医師会の出来事日本の出来事
明治31年頃大日本医会と千葉県医会が誕生
明治39年(1906年)5月、医師法制定
明治40年(1907年)11月、千葉県医会は解散し、千葉県医師会創立
大正3年(1914年)有志による日本連合医師会が設立
大正5年(1916年)11月10日、医師による初の全国統一組織として「大日本医師会」が誕生
大正8年(1919年)医師法改正
~郡市区医師会と道府県医師会は強制設立とされ、法人格が与えられた。それまで加入義務のなかった官公立病院の勤務医も、勤務地の医師会への加入が義務づけられた~
大正10年(1921年)1月、千葉町に市制がひかれ、千葉市医師会設立
大正12年(1923年)医師法再改正
~医師会全国組織の公法人化が認められ、大正12年11月24日、大日本医師会は解散し、新しい日本医師会が誕生~
昭和17年(1942年)
太平洋戦争開始直後
2月、それまでの医師法をはじめとする全ての医事法を統合し、国民医療法が制定・公布
日本医療団令、改正医師会令が公布され、翌年、日本医師会は解散となり新正日本医師会が作られた
医師会は「国民体力の向上に関する国策に協力するを以て目的とす」と規定され、医師は、現役の軍医を除いて、大学教授も官公吏も全て強制加入となり、医師会の役員はすべて官選となった
太平洋戦争終了後敗戦後の日本を間接統治した連合国総司令部(GHQ)は、戦時中の国家体制を壊すために、医療界に対しても国家統制の医療体制を改廃するよう命じた
昭和20年(1945年)11月、「医師会の組織運営を民主化して国民医療の確保を図る」として医師会令が改められ、都道府県医師会と日本医師会の役員全員を選挙で選び直すよう指示され、12月から各都道府県医師会で役員選挙が進められた
昭和22年(1947年)旧千葉県医師会も同様に解散し、昭和22年11月1日、千葉県知事の認可を受け「社団法人千葉県医師会」として認可された10月31日、「医師会、歯科医師会及び日本医療団の解散等に関する法律」公布。旧医師会は解散し、同年11月1日、新生医師会として認可
平成25年(2013年)4月1日、公益社団法人千葉県医師会として認可
会館
昭和10年(1949年)10月12日、衛生会館設立(県衛生協会、健康相談所、千葉市医師会、同附属看護婦学校、千葉県医師会共同による)
昭和24年(1949年)2月7日、医師会館(千葉市神明町204番地)建設(千葉県医師会、結核予防会、千葉市群医師会の三団体の共同による)
昭和34年(1959年)中央保健所との併設による「衛生会館(三師会館)」を神明町に建設
昭和49年(1974年)千葉県医療センター(千葉港5-25)建設。三師会、医業健保、医師国保などが移転入居。
千葉県医療センターが耐震強度不十分のため取り壊しが決定
平成16年(2004年)3月22日、「ホテルニューツカモト」内に会館を移設
平成26年(2014年)10月27日、千葉県医師会館(千葉港4-1)建設。有限会社 千葉刀圭、千葉県医師国民保険組合などが移転入居

千葉県医師会館

千葉県地域医療総合支援センター